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平井康三郎と岡田正昭

平井康三郎と岡田正昭

作曲家岡田正昭先生が師事していた巨匠平井康三郎先生とはどのような人物だったのでしょうか。2002年(平成14年)11月30日、肺炎で亡くなられましたが(享年92歳)、亡くなる寸前まで岡田正昭先生を応援されていました。

平井康三郎とは

巨匠平井康三郎先生は、日本を代表する作曲家で、以下の経歴のように、日本の音楽界に多大な貢献をされてきた方です。「山は白銀(しろがね)、朝日を浴びて、滑るスキーの、風切るはやさ・・・♪♪♪」で有名な「スキー」の作曲家です。

【略歴】
1937年(昭和12年)から1947年(昭和22年)の期間、東京音楽学校で教鞭を取る傍ら、作曲活動を行い、「平城山」や「スキー」などを作曲した。その後は、文部省教科書編纂委員として音楽教科書編纂等に携わる。また、NHK専属作曲・指揮者、合唱連盟理事、日本音楽著作権協会理事、大阪音楽大学教授等を歴任。

1965年(昭和40年)、「詩と音楽の会」を結成。日本の新しい歌曲、合唱曲集の創作活動を行う。作品は、器楽、声楽(洋楽・邦楽)と広範囲にわたる。小学校や中学校の校歌も数多く手がけた。

1973年(昭和48年)、紫綬褒章受章。1982年(昭和57年)、勲四等旭日小綬章受章。1983年(昭和58年)、伊野町名誉町民。1992年(平成4年)、よんでん芸術文化賞、毎日出版文化賞を受賞。

詳しくは、平井康三郎(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

平井康三郎と岡田正昭の親交

平井康三郎先生と岡田正昭先生の親交は厚く、2000年には90歳のご高齢にもかかわらず、岡田正昭先生のコンサートにおいて、曲の解説をするためにわざわざ和泉市久保惣美術館Eiホールまで足を運ばれました。


1枚目(左:詩人、岩原陽子さん・右:平井康三郎先生)
2枚目(左:岡田正昭先生・右:詩人、岩原陽子さん)


詩人、岩原陽子さんに詩人北原白秋の詩に曲をつけた歌曲集「日本の笛」を平井康三郎先生直筆のサイン入りでプレゼントされました。

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